私の趣味 − 山歩き



 私は、20代の頃から山歩きを楽しんでいます。本格的な登山に憧れますが、私の体力と経験では無理です。登山には、日頃から体を鍛え、きちんとした装備、計画、知識が必要です。一方、私の山歩きは、もっと手軽に、山の空気や高山植物、すばらしい眺望を楽しみ、それなりの満足感を得ることができるものです。私の山歩きの基本形を紹介します。持っていくのは、おにぎり、漬け物を添えて。ペットボトルのお茶、チョコレート、キャンディー。そして、雨具、地図。それらをリュックサックに入れ、朝はゆっくり出かけます。若葉の頃から紅葉の時季まで、穏やかな晴天の日のみ決行です。車または登山バスで8合目あたりまで行くか、山によっては、ロープウェイ、ケーブルカーを利用して途中まで登り、そこから頂上までの佳境の部分をのんびりと歩きます。靴はさすがにしっかりしたものを履きますが、服装はシャツに履き古したジーンズ。タオルを腰にひっかけ、2、3時間かけて登ります。頂上に到着する頃には、けっこう汗もかきますし、心地よい疲労感もあります。ちょうど昼どきになりますので、山の風と絶景をおかずにおにぎりを頬張り、お茶を飲んで、1時間ほど休みます。そして、同じルートで駐車場まで下山し、そこから車を走らせ、麓の温泉につかって帰ります。その晩の夕食の美味しいこと、話題の楽しいこと。
 今までに登ったのは東北地方の山が多く、岩手山、八幡平、月山、栗駒山、秋田駒ケ岳、磐梯山など、近場では、高尾山、御岳山、白馬山などです。どの山も登山愛好家が目指す立派な山ですが、時季を選び8合目あたりから登るのでしたら、そこそこの体力と脚力があれば大丈夫です。
 手軽な山歩きとのんきなことばかり書きましたが、今までに、山を軽く見てはいけないという大切な教訓をいくつか得たことも事実です。
 平成元年108日、朝は快晴でした。私は妻と二人で信州菅平の根子岳に登ろうとしていました。7合目あたりの登り口に車を停め、身支度をして、咲き残っている秋の花をひとつひとつ図鑑で調べたり、晴れ渡った空を背景に写真を撮ったりしながら、のんびり登っていきました。ところが、1時間ほどすると、雲行きが怪しくなり、あっと言う間に空は真っ暗、まさに、青天の霹靂で、雷鳴は轟く、雹は降る、強風は吹き荒れるという大変な状況となりました。驚いてうろたえるばかりの私たちでしたが、幸い、他の登山者の誘導で近くの避難小屋に入り、天気が回復するのを待つことができました。雷が去り、風が弱まり、雨が小降りになったところで、大急ぎで下山し、びしょぬれの身体を車内で温めて、風邪ひとつひかずに済みました。あとで知ったのですが、この日、やはり天気の急変で、立山では8人の登山者が亡くなったそうです。雨具は必携、避難小屋の場所を確認しておく、山の天気を甘く見ない、そのとき私が得た教訓です。
 それから数年後の夏休み、私達は東北旅行の目玉、栗駒山の山歩きを計画しました。この日も快晴、岩手県側、須川温泉の登山口に車を停め、頂上まで2時間という中級コースで登りました。登山客が多く、賑やかに挨拶を交わしながら、3時間くらいかけて登っていきました。途中、突如として眼前に現れた昭和湖はエメラルド色で、とても美しく印象的でした。上機嫌で山頂に到着、前日の宿、国民休暇村で作ってもらったおにぎりを食べ、少し休んでから下山です。栗駒山は、登山コースがいくつもあり、連なる他山への連絡コースもあって、車を停めた須川温泉に下りるためには気を抜くべきではありませんでした。しかし、私たちは登ってきた道を戻ればいいと安易に考えていたのです。登りの景色と下りの景色はまるで異なります。登山客もそれぞれの計画で、それぞれのコースに分かれて下りて行きます。私たちは、気づかないうちに、1本尾根を間違えてしまったのです。こんなガレ場はなかった、こんな風景は見なかったと言い合いながらも、何とか軌道修正ができるのではと歩を進めていくうちに、陽はだんだんと西に傾き、いつのまにか、他の登山者の姿は見えなくなりました。ときどき、どこからかふっと話し声が風に乗ってくるばかり。詳しい地図は持っていませんでした。その後、名も知らない山への案内板を見つけたときには呆然としました。私たちはここで遭難するのか、チョコレートは食後のデザートと言いながら調子に乗って全部食べてしまった、お茶の残りが少々、キャンディーが何個かあるだけ…と妻が心細そうに言いました。よくよく考えたあげく、意を決し、疲れた身体にムチ打って、下りてきた道をまた頂上に向かって登り、やっと標識を見つけて本来下山するべき道に辿り着き、予定の時間より数時間遅れて何とか日のあるうちに須川温泉に下りたのでした。当たり前のことながら、地図は必携、下山コースを甘く見ない、チョコレートは頂上で食べ尽くさない、これが、このとき得た教訓です。須川温泉の千人風呂につかったときは、全身の力が抜け、自分の幸運をしみじみと噛み締めました。ちなみに、この千人風呂は、入り口は男女別になっているものの、巨大な温泉は途中まで仕切りがしてあるだけで、先のほうは混浴となっています。(最後まで気が抜けない。)
 まだまだ、情けない経験、得た教訓はたくさんあります。今まで擦り傷ひとつせずに山歩きを楽しんでこられたのは、本当に幸運でした。これからも山歩きを続けますが、日々、少しずつでも身体を鍛え、失敗を糧にし、事故のないように、楽しんで行こうと思っています